「心を込めた野菜」

一枚の写真があります。

私の家で酒を酌み交わしたとき、友の日焼けした骨太の指と、外科医である私の白い手を対比して撮った写真です。

友人は三浦市に江戸時代から続く農家の主(あるじ)でした。初めての出会いは、私が出演していたテレビ番組のロケで、彼の農園を訪れたときのことです。

「先生も昭和30年だろ。俺も30年。一日一食読んでるよ。」

シャツに浮き出る屈強な躯躰が印象的でした。

「こんないい野菜に囲まれて、幸せですね」というと、「でも俺、去年がんやっちゃったんだよな」とボソッと返してきました。

同い年ということで意気投合して、それから付き合いが始まりました。

農家は農地にだけとどまらずに、積極的に消費者と交流しなければ良いものは作れないという信条を持つ彼は、青山のマルシェに出店したり、農園で苺狩りやバーベキューを開催したりして、みんなの人気者でした。

 

わたしも「30年間でがん死亡率を半減させる命の食事」を提唱したときでしたので、そのイベントに彼を呼んで、一緒に野菜の素晴らしさを紹介しました。イベント終了後は私の家で慰労会を行い、夜遅くまで話に花が咲いたものです。

先ほどの写真も、そんなときに取ったものです。

「たくましい手だな」「なぐちゃんの手もいかにも外科医の手だな」

互いの手を通して、互いの人生を、そしてその苦労を推し量りあった夜でした。

 

「なぐちゃんやばいよ。再発しちゃったよ」

 

その報告を受けたとき、我が身が切られるような痛みを感じました。

それでも彼は完治をめざして、仕事にも人生にも全力投球で望みました。

 

「仕事に没頭しているときが、がんのことを忘れられるんだ」

中国での農場の立ち上げまで始めた彼を止めることはできませんでした。

できれば奇跡が起きて欲しかったのですが、それはかないませんでした。

しかし再発を告げられてから2年半もの間、彼は私の親友であり、医師としての私のいいつけをきちんと守るよき患者でした。

今日、多くの友人達が彼の農園に集って「偲ぶ会」を開きました。そして皆が幸せを感じました。

彼の農園には、そしてそこで採れた野菜には彼の願いが込められているからです。

「野菜で人を健康にする、人を幸せにする」という。

ナグモクリニック総院長 南雲吉則

南雲 吉則

医師 乳腺専門医
博士

南雲 吉則YOSHINORI NAGUMO

1955年生まれ。乳腺専門医、医学博士。慈恵医大・近畿大学の非常勤講師、韓国東亜医科大学・中国大連医科大学の客員教授。慈恵医大学卒業、東京女子医大形成外科、癌研究会付属病院外科、慈恵医大学第一外科乳腺外来医長を経て、バスト専門のナグモクリニック院長。 「女性の大切なバストの美容と健康と機能を生涯にわたって守る」をモットーに札幌・東京・名古屋・大阪・福岡の5院を飛び回る。がん患者の命を救う食事と生活術「命の食事」を提唱。テレビ出演・著書多数。

オススメ記事

魚住 りえの投稿一覧